HISAKOブログ

それ、実は自分のため

hikari

わたしの、たくさんいる子どもたちの一人
うつ病の子がいます。

実はもう2年近く闘病しています。
最初は「まさか」でしたが、
病気を誘発する可能性になったであろう材料は
いくつも思い当たりました。

症状がひどくなってくるにつれて、
どう接してあげればいいか、
どんどんわからなくなっていきました。

本人にとって一番いいのは何?・・・
戸惑うばかり。
そしてわたしは、自分を責めました。
わたしのせいだ、と。

11人産みました。
子育ての経験値はそれなりにあります。
子どもたちには
それぞれ個性がありますが、
さまざまなパターンにも臨機応変
対応できるママに成長してきたと思います。

適度に「放っておく」
「見守ること」「待つこと」の重要性と難しさ。

子どものことは、子どもに任せておく。
人生のレールは自らが敷け。
彼らの人生は、彼らのもの。

子どもの力を信頼し、
自主性に任せる「待ち」が必要なときに
余計な口出し、手出しをしてしまったり、

ここぞと手を貸すべきタイミングを見逃して
子どもに悲しい思いをさせてしまったり、
数々の失敗を何度も繰り返してきました。

子どもとの適切な距離感は
理論ではなく実践で
なんとなくわかるようにもなりましたが、

うつ病の子に対しては一筋縄にはいきません。
押し引きのさじ加減がわからず・・・

申し訳ないことに、
長期間にわたって
本人の言動を信頼してやることができませんでした。

うつ病は、がんばりすぎて、心がもうダメだって
エンスト起こしている状態です。

「助けてほしい」ってSOSを出すエネルギーさえ
ないかもしれない。

苦しさや辛さから逃れるために
生きることを強制終了させてしまう可能性だってある。

このまま社会に適合できなかったら?

わたしの中に、信頼どころか
疑う気持ちと不安しか生まれませんでした。

なにより、苦しんでいる姿を見ていられなくて
頼まれてもいないのに先回りして
こうしてほしいんじゃないだろうか?
勝手に想像を膨らませては、
あれこれやってあげたり、
手を差し伸べまくってきました。

だって、幸せになってほしいから。
だって、笑顔でいてほしいから。
苦しい思いをさせたくないから。

今まで複数の精神科医師に相談しました。
臨床心理士、精神福祉士、
さまざまな専門家にも会いに行き、
アドバイスをもらいました。

ひたすら、わたしは母親として
自分のできることを模索してきました。

症状には波があり、
ちょっと元気なときがあったり、
いきなり落ちたりを繰り返します。

そのたびにわたしの心もジェットコースターのように
上がったり下がったり。

わたしには、他にもたくさん子どもがいます。
ばぶばぶには、ママたちが待っています。
彼らのためにも笑顔でいなくちゃいけません。

共倒れしたら元も子もないって
頭ではわかっているけど、
自分自身の心を平静に保つことが
難しくなっていくのを感じました。

ちょっと元気そうな期間があると
「よかった、よくなってる」と単純に喜ぶ自分がいました。
でも、そのあと必ず、また落ちて
絶望的になり・・・

そんなことを繰り返すうち、
だんだんわたしは喜ぶことをしなくなりました。
「たまたま今がこういう状態なだけ。」

また、過度に落ち込むこともしなくなりました。
「発作の周期が来ただけ。」

子どもの症状に合わせて
一喜一憂しなくなってきて、
いいのか悪いのか、強く淡々とした自分を
恐ろしく感じる一方で、

やはり子どもが落ちるのを見るのが
イヤなんでしょうね・・・
見たくない姿を目の前にすることを極力避けたくて、
先回りして、過干渉をしてしまいます。

最近、ふと思いました。

子どものために!
と、わたしがしてることは、
本当に子どもの幸せを願ってやってることだろうか?

・・・それ、実は自分のためじゃないの?

子どもが病気を抱えていて、
それがずっと治らなかったら、
背負っていくのが耐えられないだけじゃないの?

子どもが何かしでかしたときに
周囲からどういう目で見られるか。
家庭環境が複雑だからね・・・って
思われるのが辛いだけじゃなの?

あちこち謝ったり、手回ししてお世話になる人たちに
状況説明して配慮をお願いしたりする手間が
ストレスなだけじゃないの?

結局、あなたの育て方、家庭環境の問題が
うつを誘発した、と
評価されるのが怖かったんじゃないの?

自分の評価が下がらないように、
一生懸命子どもに向き合っている「つもり」の自分を
認めてほしくて、必死になって
子どもをコントロールしようとしてるだけなのかも
しれないって思いました。

・・・いや、
純粋に、元気づけてあげたいという気持ちが
あるからこそ手を差し伸べたくなるんだし、
相手の気持ちに共感できるんだよ。
だって、わたし、ママやもん!!

自分を責めてしまう気持ちと、
自分のせいじゃないと思う気持ちが交錯し、
わけがわからなくなりました。

現在、わたしは
こんなことを考えています。

子どもがうつ病やからって
ママの価値は下がらんし、
子どもの価値も変わらん。

子どもが自傷行為に走ったとしても
ママが悪いわけじゃない。
そもそも人はいつか死ぬ。

ぜーんぶ受け入れて、
自然の波に乗ってみたらいいんや。

だってわたし、
もう、限界やもん。
精一杯やってきた。

子どもを助けたいんなら
自分のことも一緒に助けてあげなあかん。
心に余裕がなくなったら
気持ちもささくれ立ってくるから。

子どもが自ら
助け求めてきたら暖かく受け止めてあげたいけど
放っておいたからって、悪いほうにはいかへん!

今まで手も口も出し過ぎてたから。
ほっとくのはたいへんなことかもしれんけど
ここはひとつ、がんばるぞ!

うつ病だからって、励まさなくていいし、
よそよそしく接する必要もないし、
解決をしなくてもいいんですね。

なんとかしなくていいんです。
ただ、助けを求められたときは手伝ってあげる。
そんな気持ちでいてあげればそれでいい。

「病気を治したい」「よくなって喜ぶ」気持ちは
見方を少し変えると
「今のままではダメだ」というメッセージを
発しているということになります。

今のままでいいと思ったら、
励ます必要もないし、
何かが変わって喜んだりもしません。

どんな状況だって、そのすべて「ダメ」なわけじゃないです。
今のままで、いいところもいっぱいあるわけで。

「ない」部分だけが強調されて感じられ、
「いい」部分を一切見てなかった自分に
気づかされました。

「ない」ところも「ある」ところもある。
それが人間なんだよな~。

だから、子どもがうつになったからって、
問題視する必要もないし、
解決しようと躍起になる必要もないのだと
思います。

あまり深く考えずにまずわたしが
幸せでいなくちゃいけないんです。
ママだから、つい子どもを優先にと考えてしまうけど、
まず自分を満たして、その満たされた気持ちが、
子どもに伝播していくように・・・。

この順序を間違えると
不幸のスパイラル、共倒れ、という結末が
待っているのかもしれません。

子どもが大切だからこそ、
遠慮という形ではなく
『自分が幸せになる』ということを
追求してみよう!って思っています。

「こうするべき」という
自分の中にあるルール
「正義」から逸脱するものを「おかしい」と
判断することで問題は生まれます。

「こうあるべき」が自分の心を苦しめるのなら、
自分の中にある「正義」を排除すればいい。

ちゃんとしてなくてもいいし、
間違えてもいいし、
迷惑もかけていい。

人それぞれいろんな価値観があっていい。

わたしが子どもを過干渉にしちゃった理由は、

自殺されたらどうしよう
苦しんでる姿を見るのが辛い

だったのですが、

今のわたしは、

このまま悪化して死んじゃったとしてもかまわない。
苦しそうにしてても、
自分とは切り離して考えてしまおう。

道徳的に問題発言と非難されるかもしれないですが、
死んでしまうことさえにも、許可を出してみる。
そんな自分を、ひどいママと思わなくていいんだよって

自分で自分を
暖かく包む努力をしているところです。

 

 

 

 

 

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