沖縄県うるま市の助産院ばぶばぶの HISAKOブログ

suzu04 - 娘がママになりました!(4)
『娘がママになりました』

シリーズ4回目、今日でラストです。
長くてすみません。^^;

長女すずは、もうすぐ20歳です。
わたしが彼女をひとりの『人』として
安心して見守れるようになったのは
つい最近のことです。

中学生以降、
テレビの取材には非協力的だった娘ですが
昨年、NHKの特番のときは
快く取材に応じてくれました。

カメラの前で
彼女はわたしのことをこう表現しました。

「母親としてはクソです(笑)
でも、人間として
こんなにファンキーな人はいないと思う」

彼女の反抗は
思春期からくるイライラだけではなく
いろいろな心理が隠れていたと思います。

娘はずっと、寂しかったんだと思います。
11人きょうだいの長女、
ひとつ上にお兄ちゃんがいますが、
ぶっちゃけ、男子より女子のほうが気の利きます。

彼女はとくにしっかりしていたので
わたしはつい、過剰な期待で
頼りすぎてしまいました。

いろんな人から

「すずちゃんはすごいね」
「すずちゃんはしっかりしてるね」
「すずちゃんはえらいね」

言われてばかり。

今から思えば
もっと甘えたかっただろうに、
周囲の大人の期待に応えないといけない
無意識の圧力をかけていたのかもしれません。

きっと、彼女はもっと
わたしに見てもらいたかったでしょう。
気にかけてもらいたかったでしょう。
守ってほしかったでしょう。
抱きしめて欲しかったでしょう。
たくさん我慢をさせてきてしまいました。

幼少期の「寂しい」の思いが、
思春期に反発を起こしたのではないかと
思っています。

本当はママのことが大好きで
もっとかまってもらいたかっただけなのに
ママに反発することでしか想いを表現できなく
なったのでしょう。

その象徴としての発言が
「母親としてはクソ」だったのかな、と思います^^;

よく、思春期の子がママに反発する理由として
干渉されすぎるための嫌悪感が言われます。

ただうっとおしいだけではなく、

「なんで自分を信じてくれないんだろう」
「なんで子ども扱いするんだろう」

それはつまり、
「自分はママに信頼されていない人間だ」
と解釈し、子どもはママに対して
複雑な気持ちになります。

わたしはわたしなりの愛があり、
子どもたちを最大限に尊重してきました。

ベースには、

自分で考え、自分で決定することのできる子、
子どもには子どもの人生を歩ませるべき、

それが親の役目だと思って
子育てしてきました。

小言は最小限に。
干渉しすぎないように、束縛しすぎないように、
所有物にしないように、理想像に当てはめないように、
それぞれの個性を大切に、
きょうだいは比べないように心がけました。

彼らの気持ちは基本的には否定せず、同意し、
承認欲求を満たすことを意識し、たくさん褒め、
やりたいことをやらせる子育てをしてきました。

放任ではなく、見守るというスタンスのつもりでした。

ですが、子だくさんという背景の中で
わたしがよかれと思って実践してきたことは
娘にとって「寂しい」につながってしまいました。
逆にもっと干渉してほしかったんですよね、きっと。

親にも子にもそれぞれの価値観があるし、
親子だからってなにもかも分かり合えるわけでは
ありません。

彼女が思っている愛の形と
わたしが示す愛の形は微妙に異なっています。

わたしがどんなに愛情を注いでいるつもりでも
彼女はそれをうまく受けとることができるとは限らず・・・。

同じ屋根の下に住んでいる
ママのネガティブな面ばかりがフォーカスされ見えてきて、
それを自分の中でクリアに整理する作業は
さぞかししんどかっただろうと思います。

「母親としてはクソです(笑)
でも、人間として
こんなにファンキーな人はいないと思う」

娘が言った、この言葉を掘り下げて考えてみると
わたしがいかに未熟なママだったかが
わかりますね〜(笑)

でもね。
ママは一生懸命だったんですよ。

出産予定日が2000年1月1日でした。
わたしも元旦生まれ、
めでたい日に生まれた『寿子』です。

娘は予定日の前の日、大晦日に生まれたけど、
『寿』の字をお揃いにしたくて
悩み抜いた末に『寿鈴』(すず)という名前をつけました。

何ヶ月もかけておなかで育て、
命をかけて産んでくれたママの存在・・・

彼女は妊娠して気づいたのだと思います。

「世の中のママは
みんな完璧なんかじゃないけど、
すごい存在なんだ」と。

わたしが妊娠出産のプロだから
ということもあると思うけど、
まさか、あの激しい娘が妊娠した途端に
ここまで良い方向に変わるとは思っていなかったです。

初めての妊娠なのに
マタニティー関係の本も、サイトも一切見ることなく
疑問はすべてわたしに質問してきました。

産前おっぱいケアもしました。
予定日近くには、とうとう
「内診してくれ」と頼まれました(笑)。

「ママに頼んでるんじゃないよ!
助産師のHISAKOさんに頼んでるねん。
勘違いしんといてくれる?!」

あ。そうなのですね。
あなたが頼っているのは
助産師のHISAKOさんなのですね。
失礼いたしました^^;

結局、重度の切迫早産を切り抜け、
出産予定日より11日も超過した妊娠41w4d
分娩所要時間5時間でスポーンと出産。
経産婦かっ!(笑)

しかも、会陰切開、会陰裂傷ナシ。
やっぱり組織そのものが柔軟なんですね。
うらやましい話です。

そして産んだ直後の第一声は

「楽勝やった」

あーやっぱり
若いってスゲーや。(^_^;)

わたしにとっては孫・・・なんですが、
あがいてるわけでも、強がっているわけでもなく
そういう感覚は湧いて来ません。

だって、うちの末っ子2歳児と
娘の産んだ赤ちゃんは
ふつーに、きょうだいの年齢差なんです(笑)

子どもがもうひとり増えたなぁ~
12人目誕生かぁ~ぐらいの軽いノリしかなくて

新しい家族を迎え入れることに
まったく気合いが入らないというか、
新生児は、日常の一コマでしかないです。

仕事でも毎日新生児を見ているので
小さな生まれての赤ちゃんを目の前にしても
感動とか、興奮とかの感情がなく・・・
こんなんでええんかな・・・(^◇^;)

明け方出産だったので、
分娩台の上の娘に母子早期接触(初回授乳)の
介助をしているうちに朝日が昇ってきました。

娘も赤ちゃんも
ちゃんと空気を読んで
(わたしにとって)ベストな時間に生まれてくれました。

完全徹夜でしたが
おかげで仕事に穴を開けることもなく
病院からそのまま
いつも通りにばぶばぶへ出勤することもできました。

12人目が欲しかったんです。
44歳のとき半年間、
本格的な不妊治療にもチャレンジしましたが
叶いませんでした。

ええなぁ~・・・ママも産みたい・・・

つぶやく変人ママに娘は言います。

「本気で欲しいんやったら
卵子提供したろか?
ピッチピチやで、いつでも言って!」

「孫より年下産んでみるのもおもろいやん。
どうせ変人なんやし。
ぜんぜんOKやで、応援する!」

冗談でもそんなふうに言ってもらえて
幸せだなぁと痛感しますが、娘も変人かもしれん・・・
と、思い始めた今日このごろです。

助産師のHISAKOさんからのアドバイスは
すべて素直に耳を傾けてくれるので
本当にありがたいです。

「今ほどママの娘でよかったと
思ったことはない」

産後すぐにそう言ってくれました。

こんな娘、産むんじゃなかった、
とよぎったこともあったけど、全面撤回でーす♡
すずを産んでよかった。
助産師になってよかったぁー^^;

赤ちゃんの名前は、
『梨鈴』(りり)になりました。

うちの女子軍団の名前、
つづけ文字シリーズなんです。

上から
すず→もも→みみ→ここ→なな→のの→とと→りり

数年前、あれだけ激しくぶつかり合った娘なのに
わたしの生き方を全面的に受容してくれたからこそ
シリーズに乗っかった命名を
してくれたのだと思っています。

結果よければすべてヨシです。
あの頃の殴り合いは
無駄ではなかったのかもしれないな(爆)

標準、平均からちょいと外れた人生も
捨てたもんじゃないと思います。

幸せの尺度は自分の中にあり、
世間がどう思おうと、
本人が幸せなら、それがすべてなんですよね!

2018年の年末
妊娠報告を受けたとき
19歳と21歳の決意を認め、
尊重するには少し努力が必要でした。

結果論かもしれませんが、
母乳に振り回され、睡眠不足になりながらも
新生児を抱いて幸せいっぱい、
充実が全身から滲み出している娘を見ていると

彼女の選択、
そしてわたしの決定は
大正解だったんだと感じています。

3 - 娘がママになりました!(3)

長女すずちゃんがママになった話
シリーズ3日目です。

妊娠してから人が変わったように
すっかり心臓に毛が生えてしまった・・・
いえ、大人になった娘ですが、

ついこないだまでは
絹ごし豆腐の心だったんです。

中学1年生ぐらいから
暗雲が立ち込めはじめ、
そのまま急転直下で激しい反抗期に突入しました。

はーい、
ようこそおいでくださいました〜!^^;

思春期の反抗はまったくない子もいるし、
うちの娘のような
強烈バージョンが来る場合もあります。

育て方が悪かったから
そうなったんじゃないかと
ママは自分を責めてしまうかもしれませんが、

愛情たっぷりに育てていても
その子がもともと持っている性格的素因なども影響して
彼らの自我の表現方法は異なってくると思います。

わたしは子だくさんですが、
長女すずは、ダントツに表現力豊かに
自分を主張する子でした。

その上、
彼女がもっとも多感な中学3年生のときに
わたしが離婚してしまい、
当時10人だったきょうだいが
真っ二つに分断されてしまうという
大問題が勃発したことで

彼女にとって
ママの価値は底辺まで落ち込みました。
まさに愚の骨頂です。

母娘、両者にとって
葛藤の暗黒期間が5〜6年間ぐらい(長っ!)続きました。

愛を持って必死に向き合おうとするんだけど、
がんばればがんばるほど、空振りでした。

想いは娘の心に響かず
自分の無力に涙しました。
悔しさとやるせなさと、
懺悔に飲み込まれて壊れてしまいそうでした。

「わたしの前から消えてほしい」
「産まなければよかったかも・・・」

とんでもない発想が頭をよぎるぐらいに
追い詰められたこともありました。

子どもにとって、
幼い時代にはママは絶対的存在です。
理想化、美化されているので
最終的にはママの言いなりです。

ですが、成長するごとに
欠点や弱点もある一人の人間としてママを見るようになり、
自分とママは関心や価値観の異なる
別個の人間であると気づくことで干渉への反発が起こります。

物事をとことん掘り下げて考え、
誰も反論できないほどの見事な理論を展開して
相手につっかかっていく賢さが
彼女にはありました。

目の前にいる大人を
尊敬には見合わないと見透かすと
相手に不足している欠点部分をわざわざ粗探し。
そこだけにフォーカスして総攻撃!
容赦なく鋭い矢を突き刺してきます。

それが、彼女なりの正義であり主張。
大人への同情の余地など微塵もありませんでした。

でも・・・大人だって
失敗もするし、未熟さもあるし、
自己中心的なことだらけで生きています。
パーフェクトにできた人間はいませんよね。

大人の不誠実さ、理不尽さ・・・
自分とは異なるものに対し、
「まぁいっか」「そんなこともあるさ」
大きな器で許すという思考ができないので
込み上げてくるイライラを甘え半分で
ママにぶつけてしまったのだと思います。

生き方、価値観などの
違いを認めることができない生き方は
疲れます。

だけどそういう葛藤を経て、
みんな大人になっていくのだと思います。

10代後半はまだ
いろんな意味で親の保護下にある時期です。

経済力、思考の柔軟性だけではなく
判断力、問題解決力、自己制御力、社会的経験や知識など
人間としての複合的な成熟度からみて
社会の中で自立して行動できる段階にはありません。

なのでママは、
反発されながらも子どもを見守り、
必要時には厳しい指導、監督を
続けなければならないという微妙な立場に置かれます。

子どもの主張を可能な範囲で認めつつ
守るべきルールが何かを
伝えていく作業は簡単ではありません。

ですが、子どもの行動に問題があると思ったとき
そこから目を背けてはダメです。
傷つけられること前提で
早めに介入することが必須です。

対立や争いを恐れない凛とした強さと勇気。
子育ての真髄は思春期にあり!

わたしは娘から
がっつり学ばせてもらいました。

娘に対する監督、統制
娘の気持ちへの尊重

「両立することが望ましい」って
当時、悩みまくっていたわたしに
専門家はアドバイスしてくれたけど。

そんなん、ほんまキレイごと。

両立できたら思春期の親、
悩まんし、泣かんで済むし、
余計なこと考えずのほほんと暮らせるわ!

試行錯誤、行き当たりばったり、
巨大な迷路の中で、
幾度となく障害物に行く手を塞がれながら
一歩ずつ母娘は人生の中継点を目指してきました。
無我夢中で駆け抜けてきたことだけは確かです。

彼女が大学に進学したあたりから
急に雲行きが変わっていきました。

見るからに表情が優しくなり、
言動の鋭いトゲが取れ・・・

それは、長い長い第二次反抗期の
終結でした。

何がそうさせたのか?

進学で親元を離れたことも
一因だったかもしれないけど、

とくに明確な理由は
なかったのではないかと思っています。

理屈ではなく
「その時期が来た」のです。
母娘関係にようやく安定した光が照りはじめ
わたしは再婚しました。

そして妊娠を機に
なんとまぁ人が変わったみたいに素直な娘・・・(^_^;)

「もうママに対して出すものがないねん。
今までとことん出し切ったから空っぽやわ」

若いけれども
人生のいろんな荒波を乗り越えてきて、
成長した結果の言葉だと思います。

おなかに命を宿したことで、
子を想うママの心にも気づいたのでしょう。

まだつづく(^◇^;)

 

hisako making bana - 娘がママになりました!(3)
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pool - 娘がママになりました!(2)

一番上の娘がママになりました。

・・・ということは。
わたしはばぁばってことでしょうか?
こんなカワイイばぁば、います?
いませんよねー( ̄^ ̄)

臨月の娘は元気いっぱい。
大きなおなかで弟妹たちと走り回り、
フットワーク軽い軽い。

毎週休日には家族みんなで室内プールへ。
元競泳選手、173cm女子
長い手足、美しいフォームで
魚のように優雅に泳ぐ姿は目を引きます。

そしてプールサイドに上がった途端、
まさかのおなかに他のお客さんたちドン引き。
違う意味でもめちゃくちゃ目立っていました(笑)

ついこないだまで切迫早産で
病院のベッドで点滴つながれ絶対安静だった人が
キレッキレな動き・・・

若いってええなぁ。

3年前、わたしは42歳で第11子を出産しました。
ギリギリまで仕事をしていたことや
大人数の子育てに走り回っていたことも
あるかもしれないけど、

臨月には一旦座ったら誰かに持ち上げてもらわないと
立てないレベルでヘロヘロで
口を開けば「しんどい」って言葉しか
出てこなかったですが、

彼女は
「しんどいっていうのがよくわからん」
と、ふざけたことをぬかしやがる。

若いってすげー。

自宅からばぶばぶは、片道1時間15分の通勤です。
娘のお産には立ち会うつもりでしたが、

ばぶばぶには
おっぱいの状態がちょっと心配なママたちが何名かいて、
極力、臨時休診は避けたい・・・。

遠方から来られるママもたくさんいるので
「お産だ!帰ってこい!」と呼ばれて
すぐに家に戻るわけにもいかない・・・。

できれば仕事に影響のない
夜間に決着をつけていただくか、
もしくは土曜日の夕方〜月曜日早朝までで
どうか空気を読んで生まれてきてください、
お願いします〜!

祈るような気持ちで日々を過ごしました。
(なんとも身勝手ですけどね^^;)

人間・・・ホモ・サピエンスは、
太古の昔には敵に襲われることの少ない夜間、
静かで暗くて狭い場所でひっそりと
出産していました。

21世紀を生きるわたしたちは、
敵に襲われることはなくなったけど、
生きものとしての本能が今もなお引き継がれていて
お産のはじまりは
圧倒的に夜間〜明け方が多いです。

ホモ・サピエンスの本能が息づいていることを
信じてるぞー!

娘は、弟妹誕生時
計6回お産に立ち会っています。
なかなか体験できない数ですよね、
助産師学生じゃあるまいし(笑)

だから、お産の流れや空気感は
誰よりもよく知っています。
はじめてのお産だけど、
はじめてではないような・・・

お産は100人100通りですが、
なんとなく流れをイメージできるだけでも
不安感は軽減されるようです。

不安じゃない?
怖くない?

「別に。
ママの何回も見てるしさ、楽しみでしかないわ」

その怖いモン知らずなところが
若さゆえの根拠なき自信や強さなのかもしれませんね。
彼らのチャレンジ精神は
危うくもあり、うらやましくもあり、です。

妊娠出産は病気ではないと言うけど、
一歩間違えれば命とりです。

正常な妊娠、正常なお産というのは
終わってみてはじめて言える結果論であり、
進行中の妊娠分娩に
気安く使える言葉ではないと思っています。

ときに1分1秒を争う迅速な判断、
的確な処置が母子の生命を左右します。
救命救急に匹敵するスピードが要求されるのが
『産科』なのです。

だけど

まさか自分が流産するなんて。
まさか自分が切迫早産で入院するなんて。
まさか自分が帝王切開になるなんて。

多くの妊婦さんは
自分に起こるかもしれないハプニングがあることを
どこか他人事のように思っています。

医師も助産師も、
ひとつひとつの妊娠出産に真剣に向き合っています。
無事に生まれたときには感動よりも安堵。
決して慣れるということはありません。

そんなお産の一面を
助産師を母に持つ娘はよく知っているはずです。
実際、彼女も切迫早産入院を経験しました。

その上で

まったく動じない彼女は

若さがもたらすアホなのか、
知識があってなお、堂々たる貫禄なのか。

いろんな意味で、

若いって、ワンダフル!

つづく

 

 

hisako making bana - 娘がママになりました!(2)
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suzu - 娘がママになりました!(1)

子どもが11人もいると
いろんな事件が起こります。
ファンタスティックでエキサイティングな毎日です^ ^

そんななか、
一番上の娘が入院していました。

そして昨日、
ようやく退院・・・

新生児を連れて♪♪

そうなんです!
わたしは45歳のばぁばになりました^^;

大学生カップルに社会的自立はありません。
ですが赤ちゃん誕生となれば
学生気分では困ります。

彼は大学を辞めて就職するか、
それとも将来を見据えて大学卒業するかという
選択に迫られました。

結局、ご両親の理解と応援もあって
彼は学生を続けることになり、
卒業、就職するまでの間、
彼の実家に同居させてもらい
子育てを開始することになりました。

お世話になる身です。
娘は偉そうなことが言える立場ではありません。

自分の立場をわきまえて
彼女は努力したのですが、至らず・・・
妊娠中の同居は思った以上にたいへんだったようです。

妊娠32wのとき
彼女は切迫早産で入院しました。

34w時点で予断は許さず、
救急車搬送レベルの切迫だと言われましたが
里帰り分娩を考慮すると
大阪に戻るのは今しかなく・・・

危険は伴いますが
わたしが助産師だということで
里帰りのお許しをいただきました。

寝たきりのまま大阪へ連れて帰り
再入院のつもりで
分娩予定の病院を受診しました。

すると20mmを割っていた子宮頸管長が
正常な所見まで延長していて
NSTでも、規則的な子宮収縮は感知せず。
子宮収縮剤の内服さえも
必要ないと診断されました。

そんなことってある?!
びっくりな事態が起きました。

ばぶばぶに来ているママたちも
義両親とうまくいかなくて辛い思いをされている方が
たくさんいらっしゃいます。

それが原因で夫婦不和になった話や
義両親からスープの冷める距離に引っ越した話、
喧嘩別れのまま、義実家に寄り付かなくなった話、

中にはもちろん、パパの実家が大好きだという
ママもいらっしゃいますが、
残念ながらそれはやっぱり少数派のようです。

義両親と同居のママたちの話はさらに悲惨なことも多く
みなさん本当にいろいろあります。
よくがんばっています。

考え方の違いはしかたがないことです。
温度差があるなかで
お互いが思いやりの心で
打ち解けようと努力しているはずなのにね。

誰しも悪気があるわけじゃありません。
よかれと思っての発言
仲良くやっていきたいと思っているからこその
行動なのに・・・
悲しいことになぜか微妙にハズしてしまいます。

ちぐはぐの歯車はすれ違ってばかり。
なかなか噛み合いません。

家族って本当に難しいですよね・・・。

切迫早産は、
子宮頚部や卵膜になんらかの細菌やウイルスが感染し、
炎症が起きてしまうことで起こります。

また、多胎妊娠や
子宮奇形、子宮筋腫、ポリープ、切迫早産の既往、
子宮頸管円錐切除術既往、子宮頸管無力症など

医学的見地から判断して
明らかなリスク因子を持っている場合は
わたしたち周産期医療者は身構えます。

娘の場合、
感染があるわけでもないし、
とくにリスク因子は見当たらないのに
入院レベルの切迫早産に見舞われました。

切迫早産の原因。
考えられるのはアレしかありません。

やっぱり・・・
過度のストレス?

ストレスは人生のスパイスとも言われます。
生きていて精神的疲労を感じない人はいません。
人間にとって、よいことも悪いことも
大なり小なりストレスになります。

同じ気疲れでも
自分の考え方や対処によってよいストレスになったり
悪いストレスになったりする場合がありますが

それを上手にコントロールすることで
人生をより豊かにすることができます。

心の緊張が原因で引き起こされる体の変調は
たくさんありますが、

「ストレスが原因」って言われると
なんとなく

メンタル耐性の問題でしょ
気持ちの問題
そんなことぐらいで?

と軽視されがちかもしれません。

わたしもどこか、
そんなふうに考えているところがあったように
思います。

救急車搬送だと言われた所見が
大阪に戻った途端に
嘘みたいに回復してしまうという
信じがたい状況を目の当たりにし、

心の負担が身体に反映され現れることの恐ろしさ、
心身の密接なつながりを
改めて再確認させられた気がします。

妊婦にとって、
ストレスがどれだけの影響を及ぼすか。

たかがストレス、
されどストレスなのだということを
つくづく体験させてもらいました。

順調なマタニティーライフを過ごせるように
助産師として妊婦さんたちの心の奥に秘めた叫びにもっと寄り添い、
耳を傾けてあげなければならないと思いました。

ちなみに。

娘が切迫入院中
なにげに机の上に置いていた
『母乳育児の本』
著者は大阪の助産院ばぶばぶHISAK0さんなんですが・・・

病棟助産師さんたちに
あっという間に面割れしてしまいました。

「もしかしてHISAKOさんの娘さん?
もしかしてNHKに出てた、すずちゃん?!
キャ~~~~やっぱりー!」

わたしのブログを読んでくださっている
助産師さんもいて
娘をお任せするのになんと心強かったことか。

さらにその産科病棟に
わたしの学生時代の友人が勤務していてビックリ!

寝起きを共にし、
厳しい分娩実習で何度も泣き励ましあった同士です。

今では役職につき、
若い助産師たちを指導する立場になっていました。
産科病棟を引っ張っていく堂々たる友人の姿を
眩しく眺めさせてもらいました。

主治医からは
「そうと分かれば念入りに経過見ていきますね」

ありがたいやら申し訳ないやら。

つづく。

 

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