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2020.05.06

【妊娠報告】12人目の赤ちゃんがおなかにいます!(1)

生きていると何が起こるかわかりません。
「まさか」が起こるのが人生です。

新型コロナウイルスのような
危機的な「まさか」もあれば、
宝くじに当たるなどラッキーな「まさか」もあって

起こってくるすべての物事にうまく順応し、
感謝したり危機感を持ったりしながら
要領よく生きていかなくちゃいけないなぁ
と思う今日このごろです。

今年2月半ば、
パパママ向け講演会と
3つの中学校で『いのちの授業』を実施のため
沖縄出張に行きました。

どうやらそのとき・・・・

「まさか」が起こったようなのです!

気づいたのは3月のはじめでした。

生理周期は順調で、
だいたい28日周期で推移していましたが
3月はほんの少しの出血が数日続いて
そのまま本格的にならないまま
終息してしまいました。

〝更年期〟というワードが
まず頭をよぎりました。

こうやって少しずつ女性ホルモン分泌低下、
生理が不安定になることが増えて
閉経に向かっていくのかもしれないな・・・

悲しいけれど年齢には逆らえません。

自分の体の声に素直に耳を傾け
ありのままを受け入れていこうと思いました。

が・・・

・・・いや、なんかちゃうぞ?
コレは更年期の症状じゃない気がする・・・

このカンジ、
わたし過去に何度も経験してる?

!!!!!Σ(・□・;)

まさか〝妊娠〟?!

46歳の自然妊娠なんて
なかなかあることじゃないし、
ただの思い過ごしの可能性だって大いにあります。

とにかく白か黒かはっきりさせないと。

妊娠検査薬買いに行きたいねん。
MARK、どっか行ってくれへんかな・・・( *`ω´)

〝出ていけオーラ〟を全開に醸し出してみるも、
空気を読まないMARK。

基本的に
MARKとは毎日一緒に過ごしています。
通勤も買い物も、わたしの隣には常に彼がいます。

ああ、ジャマや。
じゃますぎる。

怪しまれず買い物に出るタイミングがなく、
ばぶばぶスタッフ、松田に
出勤途中ドラッグストアに寄ってもらいました。

2人でこっそり秘密共有。

診察の合間に検査スティック持ってトイレへ。

ハイ、出たぁぁ〜〜〜〜〜〜!!
くっきり陽性ーーーーーーーー!

キャアアアア〜〜〜〜〜
HISAKOさんーーー!((((;゚Д゚)))))))

松田、大興奮!

旦那より先に、12人目妊娠を知り
彼女はその日、1日中挙動不審でした(笑)

数日2人で温めてから
MARKに報告。

涙ボロボロこぼして
嬉し泣きの59歳のおっさんにドン引き(笑)

彼はここ数年、
毎早朝、大自然に向かって
「もうひとり授かりますように!」
祈り続けていたらしいです。

「もう一人欲しいねん」

という話は、これまで
いろんなところでしていました。

30代後半〜40代の妊活中の人、
不妊治療中の人は
ばぶばぶにも数えきれないほどたくさんいます。

もうひとり欲しいけど
歳だから・・・と消極的な35歳のママ。

際限なくがんばれ!ってことではないし、
子どもを授かることだけが幸せではないけれど
希望と可能性に向かって
進もうとしている彼女たちに勇気を与えたい。

「わたしもがんばってるから諦めないで。
 一緒にがんばろうね!」

そんな気持ちもありました。

話のネタぐらいに聞いていたママもいたでしょうし、
HISAKOマジやで・・・
と思っていたママもいたと思いますが

「沖縄行ったら妊娠する気がする」
「環境が変わったら妊娠しそう」
「HISAKOさんは普通じゃないから妊娠すると思う」
「沖縄がキーポイントですよ、きっと!」

たくさんのママたちから
期待と励ましをもらってきました。

ほんまやな〜
そうやったらええなー

社交辞令的に
笑って答えていましたが、

医療従事者として、冷静沈着に考えたら
46歳で自然妊娠というのは
脅威であり普通のできごとではありません。

生物学的に、ありえないわけではないけど
35歳の自然妊娠率36%と比較して
46歳の自然妊娠率は数パーセント。
統計上、限りなくゼロに近い数字です。

わたしの10人の子どもたちは前夫との間に
授かりました。

待望の11人目は、現夫MARKの子ですが
年齢的に待ったなしだということで
人工授精2回チャレンジしました。

でも妊娠には至らず
諦めたところでの自然妊娠でした。

思春期だった上の子たちの気持ちを考慮して
籍は入れずにシングルマザーのまま
42歳で11人目を産みました。

MARKとの間に1人授かっただけで
もう十分幸せでしたが

あわよくばもう一人・・・

いやほんま、
贅沢すぎますね。^^;

30代までは狙えば妊娠しました。
でも40代になると
そんな簡単にはいかなくなりました。

若いつもりでいても、
これが現実。

ばぶばぶでも、40代の妊婦は珍しくありません。
42歳ぐらいまでは自然妊娠も多く、
43歳すぎぐらいから、不妊治療の末の妊娠が
増加する印象があります。

44歳になったとき、
自然妊娠を期待するには
もう難しい年齢だということを
受け入れるようになりましたが

諦めているようで、どこかで諦められなくて、

もしかしたら、もしかするってことも
あるかもしれないので
肩の力を抜いてふんわりと妊活を続けました。

44歳を半分過ぎたとき

「ママ、もう十分がんばったよ。
幸せになりや!」

その言葉に押されて
再婚を果たしました。

11人目が生まれたときはシングルマザーで
戸籍にMARKの名はなく、
赤ちゃんの父親の欄は空欄でした。

役所の手続き上の話だけのことだけど
出生届ひとつ提出するにも
時間がかかり、とてもたいへんだった思い出があります。

婚姻関係という形式上のことに
やたらこだわるのは日本ぐらいなもので、
海外では事実婚が半数を超える国もあります。

シングルマザーでいた数年間は
まだまだ偏見が根強く残る、
日本の社会の歪んだ構図を垣間見る日々でもありました。

別に再婚したからどうとか、
内縁関係だからどうってこともないですが、

でも、やっぱり
再婚して姓が同じになったとき
晴れ晴れした気持ちになったんですよね。

内縁だと
例えばわたしが手術が必要!となっても、
婚姻関係にある配偶者でなければ公的には「他人」なので
手術同意書にサインさえしてもらえません。

身寄りのないわたしにとって
それはなかなかのリスクでした。

保育園の書類、家族構成も
『続柄』の欄に、MARKだけ「同居人」と
書かれます。

実質、子どもたちのパパなのに、
同居人って・・・(T ^ T)
なんとも寂しくモヤモヤしました。

そういう手続き上のことが
正式な夫婦ならサクサク進む。
それが本当に心地よかったです。

そして、晴れて夫婦になったからには
MARKの子をもう一人・・・

結局、そこに行き着いてしまいます・・。

不妊治療までする気はなかったのですが、
ひょんなことから
できる限りのことはしてみないか?という話になりました。

期間限定。
45歳の誕生日までの半年間集中で
ダメ元の不妊治療に挑戦することにしました。

12人目の不妊治療なんて聞いたことない!
頭おかしいんじゃないの?

誰に何を言われようと
わたしたちは大真面目でした。

でも、最高レベルの生殖医療をもっても
授かることはありませんでした。

できることは全部やった!
後悔はない!

高度不妊治療を自分自身が体験したことで
同じくがんばる女性たちにかける言葉が変わったし、

不妊治療の闇も光も
味わって実感して
心底から彼女たちの心に寄り添える
助産師に成長できたんじゃないかと思っています。

治療にまつわるさまざまなできごとのすべてが
人として助産師として
豊かになれる糧を与えてくれました。

スパッと気持ちを切り替え、
もうないだろうな・・・と薄々感じながら

45歳、再びふんわり妊活に戻りました。

つづく

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