HISAKOブログ

第12子で不妊治療。夫婦の支え合い (HISAKO&MARKの場合)

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HISAKO28歳、第4子は
排卵誘発剤に助けてもらい
子宮卵管造影、通水検査を行い、
タイミング療法半年間の末の妊娠でした。

HISAKO42歳、第11子は、
流産を2回繰り返したあと
狙っても1年以上妊娠しなかったので
思い切って人工授精に2回チャレンジしました。

でもヒットすることなく・・・
諦めムードの中、結局、まさかの自然妊娠でした。

第12子はさすがにもう
不妊治療までする気なんてなかったし、
もしも自然に来てくれるという奇跡が起こったらな・・
ぐらいのほのかな気持ちでした。

狙っても狙ってもヒットせず。
年齢的にそりゃそうですね。笑

44歳のとき。
MARKと本音で話し合って
45歳の誕生日を迎えるまで
半年間限定で高度不妊治療、やってみる?
という話が湧いて出てきました。

12人目の顕微受精チャレンジなんて前代未聞。
世間一般的にはアホちゃうか・・な、話です。
ええ、わかってます(⌒-⌒; )

助産師として
毎日たくさんの女性たちと関わっていて感じるのは
不妊治療をがんばっている人たちが
本当に多いということ。

もっとも高度な生殖医療である
顕微授精さえも決して珍しい話ではありません。

自分自身が経験しなければ
治療と向き合うママの気持ちに
本当の意味では寄り添えない。

もっと知識と経験という引き出しを
もっと増やし豊かな視野から支援していきたい、
と思ったことも顕微受精挑戦のひとつの理由でした。

不妊治療の闇。
不妊治療の光。

味わって実感していのちの神秘、
いのちの奇跡不妊に悩み、
戦う女性たちの心に心底から寄り添ってみたい
と思ったんです。

顕微受精。
培養士が採卵した卵子に1匹ずつ
元気のいい精子を注入し、受精させます。

受精卵は培養液の中で育てられ
1つの受精卵が2つ、4つ、8つ・・・
分割していきます。

ある程度育ったところで
薬でフカフカにした子宮内に胚を移植します。

あとは運任せ。
子宮内膜に着床してくれるかどうかは
神様しか知りません。

胚移植から2週間後、妊娠判定日。
そんな甘いもんじゃないのはわかってたけど
やはり妊娠反応は認められませんでした。

2周期目、3週期目、4周期目・・・
胚移植まではこぎつけますが
いずれも着床にはいたらず。

厚い厚い、年齢という壁に
打ちのめされ20代、30代とは異なる
身体の現実を突き付けられました。

11人も子どもがいて、
まだ欲しい?
意味がわからん。頭おかしいんじゃないの?

そう言われるかもしれません。

人とはちょっと違うかもしれないけど
普通じゃないかもしれなけど、
でも、わたしたち夫婦は真剣でした。

MARKはわたしの受診日には
必ず予定を合わせて付いてきてくれました。

自営業だからこそできたことで
みんなそれぞれさまざまな職種がある中、
すべての夫たちに叶うことではないですし
たまたま、そうできる環境があったのは
ありがたかったと思います。

妻ががんばるべきところは妻任せ・・・
という夫が多いと思いますが
MARKは受診のたびに医師や培養士さんに
疑問をどんどんぶつけていたのが印象的でした。

わたしからすれば、

そんな基礎的なこと聞かないで、
恥ずかしい〜

と思うこともありましたが
生殖医療ド素人の、
一般的な夫たちがきっとよく解らないであろう部分に
納得いくまで食い下がるMARKは
ちょっとかっこよかったです。

「わからないから教えてほしい!
僕はHISAKOの身体に起きてる
すべてが知りたいんです!」

って食い下がる姿は
恥ずかしい反面とても嬉しかったです。

医師には、
「こんなに細かく質問してくる旦那さんは初めてです」
と言われました。

わたしも彼に対してできることは
とことんやりました!

精液検査のときも、
ひとりで頑張らせるなんてさせません!

クリニックの採精室で射精しなければいけない
それって簡単なことではありません。

デリケートな男性心に
寄り添ってあげたかったので
部屋の中までこっそり一緒に入りましたよ(^◇^;)

わたしは毎日大量の薬を内服しました。
同時に課せられる日々のホルモン薬自己筋肉注射は
「僕の役目にさせてほしい」と。

薬で無理に卵巣を刺激して
複数の卵子を同時に育てるため
卵巣が腫れておなかが痛くなるなど辛かったこともありましたが
すべての治療に対して
『妻だけががんばる』のはなく
『夫も自分のこととして共にがんばる』
そういう姿勢を常に見せてくれ
ひたすらたくさん話を聞いてくれました。

わからないなりに、
一生懸命労ってくれたことが
なによりわたしの支えになりました。

なので不妊治療は決して孤独じゃなかったです。

わたしにとって
あの半年間は夫から愛されてる感を
ひしひしと味わえるそれはそれは幸せな日々でした。

もちろん、妊娠していないことがわかるたびに
泣いてましたが・・・。^^;

結婚式のケーキカットじゃないですが、
本当の意味での夫婦の共同作業って
こういうあり方を言うんだなって心底思いました。

彼の支えがあったからこそ
たとえ望んだ結果が出なくても、
そのすべてが夫婦の絆を強固にし、
成長させてくれたと思います。

治療のこと以外でも
たくさんたくさんコニュニケーションをとることを
お互いが意識するようになりました。

胚移植のたびに、
「今周期もよくがんばった。ありがとう」
MARKは美味しいランチに連れて行ってくれました。

思ってることは全部言う。
我慢しない。
つまらない話もどんどんしていっぱい笑おう!
「眠い」「疲れてる」は理由にしない。

夜中に目覚ましをかけて
子どもたちにじゃまされずに
真夜中に2人で家の外に出て星を眺めながら
語り合う時間も作りました。
(子どもが泣いてもすぐ聞こえるように玄関先ですけど笑)

当時、大阪の田舎に住んでいて
家から一歩出ると自然がいっぱい。
それも治療のストレスを癒してくれる大きな材料として
貢献してくれたと思います。

半年間で採卵5回、胚移植6回。
いずれも妊娠には至らず45歳になりました。
引き際も肝心です。

わたしは人生で、11人もの子宝を授かりました。
10子までは前夫との子どもたちですが
第11子は念願のMARKの子。
彼の遺伝子も1人、残すことができました。

できることはすべてしました。
後悔はありませんでした。

MARKの子をもうひとり・・・
思い描いていた結果は出せなかったけど
晴れやかな気持ちでした。

でも、

「僕はこれで終わりだとは思ってない。
医学の力でどうにかなることなんか
ほんのちょっとやから。
世の中は解明されてないことのほうがずっと多い。
何が起きても不思議はない。
自然妊娠はあり得る!」

MARKはずっとそう言ってました。
またノーテンキなこと言ってるなぁと
適当に聞き流していましたが、

昔から
「普通に考えてそんなこと、現実離れしたたわ言だね」
と人から失笑を買っても、

破天荒な発想で
周囲を驚かせ続けた彼を
わたしはずっと見てきました。

しかも、
誰もがひるむ突拍子もないチャレンジを
思いつくだけではなく
本当に有言実行でやってのけるんですよ。

「僕の中にはポジティブもネガティブもない。
だってこれが普通だから」

そんな彼の
「自然妊娠はあり得る!」発言は
現実になりました。

46歳での第12子
予言通りの自然妊娠でした。

家事や育児を物理的に手伝ってもらうことや、
夫のために献身に日常生活をサポートすることも大事だけど、

一番大切なことは、
夫婦というもっとも身近な人間関係の中で
お互いにしっかりコニュニケーションをとり
相手の気持ち、立場になって思いやりをもって物事を考えること。

そんなシンプルで地味な作業こそが
夫婦が支え合うことの
基盤になるんだということを
実感することができた不妊治療期間でした。

 

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