HISAKOブログ

「子は親をうつす鏡」

utsushi Kagami 608x405 - 「子は親をうつす鏡」

『子どもが育つ魔法の言葉』
という本があります。

その中に、ドロシー・ロー・ノルトさん作の詩
「子は親をうつす鏡」が載っています。

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けなされて育つと
子どもは、人をけなすようになる

とげとげした家庭で育つと
子どもは、乱暴になる

不安な気持ちで育てると、
子どもも不安になる

「かわいそうな子だ」と言って育てると、
子どもは、みじめな気持ちになる

子どもを馬鹿にすると、
引っ込みじあんな子になる

親が他人を羨んでばかりいると、
子どもも人を羨むようになる

叱りつけてばかりいると、
子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば、
子どもは、自信を持つようになる

広い心で接すれば、
キレる子にはならない

誉めてあげれば、
子どもは、明るい子に育つ

愛してあげれば、
子どもは、人を愛することを学ぶ

認めてあげれば、
子どもは、自分が好きになる

見つめてあげれば、
子どもは、頑張り屋になる

分かち合うことを教えれば、
子どもは、思いやりを学ぶ

親が正直であれば、
子どもは、正直であることの大切さを知る

子どもに公平であれば、
子どもは、正義感のある子に育つ

やさしく、思いやりを持って育てれば、
子どもは、やさしい子に育つ

守ってあげれば、
子どもは、強い子に育つ

和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる
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とても有名な詩なので
ご存知の方も多いかもしれませんね。

子どもをもつ親だけでなく、
子どもと関わるすべての人、
そして極論、年齢や立場を問わず
この世に今
生きているすべての人に読んでほしい
すばらしい内容の詩です。

どんな年代であれ「人」と関わるとき
誰に対しても、暖かく柔軟な気持ちで
相手の「心」を尊重し、
受け入れ接することは基本だと思います。

子どもだって、大人だって
たいしてかわりません。
みんなデリケートな「心」を持って
一生懸命に生きていることに
相違ありません。

どんな人でも
決して一人では生きていけないし、

親身になって話を聞いてくれる人の存在や
共感し、理解を示してくれ、
「大丈夫だよ」って
抱きしめてくれる人の存在があるからこそ
毎日を笑顔で過ごすことができるんですよね。

日本語にも、「子は親をうつす鏡」という
ことわざがあります。
調べてみると、次のように説明されています。

「子に対する親の情愛や
しつけが子に反映するから、
子を見れば、どんな親か知ることができる」

そうだよな〜
ほんとそのとおり。
異論はありません。

なんだけど・・・
なんだろうなぁ〜このモヤモヤした感じ。

子育て、
自分なりにがんばってきたつもりだけど
蓋を開ければ
うちの子、決して優等生ではないし
「どこから見てもいい子〜」ではないです。

多感なティーンエイジャー
反抗するのは当たり前、
自分探しの旅の最中で
生きる道しるべを模索中、
親の言いなりになるはずもなく
それは健全に育っている証拠だよ、とも
思うのですが・・・

でもー
「子は親をうつす鏡」だと言われて
しまうと

なんかちょっと
穴があったら入りたい・・・
胸を張って
「わたしの子育て、完ぺきです!」
なんて、とてもじゃないけど
言えないもん。(ー ー;)

このことわざを
別の側面から解釈するとしたら

「背伸びしすぎるのではなく
肩肘を張らないで
あなたがあなたらしく、
自然体で子育てと向きえば、
子どもはおおらかにスクスク育つんだよ」

ってことなのでしょうけど。

その反面
「子は親をうつす鏡」という言葉は
子どもに、一通りのしつけを
親としてちゃんとしなければならない、
子どもがどう育つかは
親のあり方にかかっているんだよ!!

というような
暗黙のプレッシャーというか
脅迫じみたものを感じてならないんです・・・。

シャキっと襟を正さなければ!
親なんだから!

という重圧な気持ちにさせられて
ちょっとしんどいかなぁ〜。

「子は親をうつす鏡」を模範として
よい親を演じようと変に力が入ってしまえば
親子関係を築く中で
本当に大事なことが
見えなくならないだろうか?

目をつぶったら何も見えなくなるように、
本来の自分から目を背け
目を閉じてしまえば、
それは同時に、自分のありのままの心を閉ざすこと。
すると、やはり何も見えなくなります。

少々ダメなところがあっても
そういう部分も含め、
自分という人間のすべてを認め
自分自身の心を解放してあげることで

どんなことも、
物事のよいところに目をむけることができ、
見方が変わってくるのでは
ないでしょうか。

子育てで基本となることも同じで
よい親、完ぺきな親を目指して
難しく考えるよりも、

あなたがすべきことは
自分に対しても、子どもに対しても

『よいところに目をむけてみる』

ただそれだけなのかもしれません。

わたしは、
適当な子育て、助け合う子育ては
絶対必要だと思っていて

親には親の言い分があって
いうことを聞いてくれない子ども、
思うようにいかない子育て、

そりゃあ、疲れているときに子どもが
意味のわからない行動に出てきたら
イラっとして
つい追い詰めるような怒り方に
なってしまうことだって
あるのが当たり前だと思っています。

親は、そんな事情を抱えながらも、
ただ一生懸命なだけなんです。
子どもに幸せになってもらいたい
一心なんです。

だから、ときに子どもに不条理な感情を
ぶつけてしまったとしても、
親として、人間として
未熟な自分を改めようとする前に
まずは自分の気持ちに共感してあげることが
先決だと思います。

「子は親をうつす鏡」の詩のように
いつも穏やかにいられたらいいけれど
実際、現実世界でこの詩のように
素晴らしい子育て、
素晴らしい生き方ができていると
堂々と言える人がどれだけいるのか・・・

一人だけで、
「よりよい子育て」を目指してしまうと、
完全でない自分を理解し許しを与える余裕を失って
自分自身を追い詰めてしまう可能性が大きいと思います。

子育てを一人で抱え込もうとせずに、
子どもに関わる大人たちみんなが、
お互いの事情も理解し合い、
フォローし合うことが必要!

と、ここ数年
痛切しているわたしです。

子どもが不安定になったときに
自分の価値観を押し付けたり
正しいとか間違ってるとか
決めつけることなく、
どれだけ話に耳を傾け、
ドンと構えていられるか・・・

大切なわが子だからこそ
ドンと構えるということが
どんなに難しく苦しいことか
身にしみます。

わたしの心の安定が、
子どもにダイレクトに伝わるのは
本当にその通りで。

母として、
経験者として強くいなければ。

そんなプレッシャーは
はかりしれないし、

そもそも、
「自分は親である」という
プライドに負けて
余計に自分の首を締めている、という
悪循環に陥るケースも多いように思います。

その壁を壊すことが
一番の試練だったりするのかも。

今朝、高校生の娘2人に
言われたんです。

「ママのプライドってさ〜
なんかめっちゃ弱いよなー
アハハハハ!!」

うーーーーーん・・・
完全にバカにされてるっていうか
見下されているっていうか・・・
すごい言われよう。(ー ー;)

でもまぁ
それでいいんです。

ただ、
正しいと思った道を
一生懸命にひたすら生きる。

少々ひどいこと、傷つく言葉、
罵声を浴びせられたって

「子どもたちが幸せになれますように・・・」

それだけを祈って
自分の心を閉ざしてしまわないように。

彼らの「いいところ」
わたしの「素敵なところ」に目を向けて
軸をブレさせることなく
進んでいこう!

その凛とした姿を、
不器用でも
失敗ばかりでも
正直でひたむきなその姿を
子どもたちに見せ、示していくことが
わたしにできる最大の子育てなのだと
思います。

健全さ、安定感などだけではなくて、
自分と子どもを、迷いなく信じる力や頼る力。
自分の欠点を怖がらずに見つめ
相手のせいにしない素直さ。

ほんの数年前までは
「大人」「親」「助産師」などという
立場に翻弄されて、
大切なことに目を向けている「つもり」で
実は自分本位な日々だったなと、
今、感じています。

40歳っていう年齢が
わたしの節目だったのかもしれません。
いろんなことが見えるようになった年でした。

20代、30代もそれなりに
子どもに向き合ってきたつもりだったけど、
今から思えば
自分のことしか考えてなかったし、
子どもたちに理想を押し付けていたかも・・・
って反省。

40歳をすぎてようやく
思春期の子どもたちに命がけで向き合って
そこではじめて
本当の意味での子育てのたいへんさ、重みや
自分が自分らしくあることの意味、
価値観を押し付けない生き方、
感謝の気持ちの重要性など

肩の力が抜けた自分が
いるような気がしています。

よかれと思って
がんばってきた子育て。
思春期を迎え、
「きっとこうなっていく」と
思い描いていた姿に、
子どもたちがならなったとき。

自分のなかで甘く考えていた理想の思春期に
子どもたちが向かってくれなかったとき。

わたしは頭を打ちました。
自分がわからなくなり、
自分を信じられないから、
周りも信じられなくなり・・・

でも、そのときに
本当にたくさんの方々の経験談や、
アドバイスをもらいました。

一番ありがたかったのは、
ただただ、寄り添ってもらえたこと。
聴いてくれる人がいたこと。
今もいること。

どれにも感化されたし、すごく励まされたけど
どれがよかったとか、合っていたかとかは、
結局なくて。

どれもわたしの中のフィルターを通して
消化させてもらい、
勇気になり、元気になっていきました。

本当に辛い時は、話したくないし、
全く聞く耳ももてないし
とことん堕ちる!
そういう期間も無駄ではなく
きっと必要だったのだと思います。

人生は自分に必要なことを、
その都度自らが選択して考えてゆくしかありません。

みんな違ってみんないい、という
当たり前なことも
まずは、正論の前に
自分が「どうしたいか」を大事にして

それができてやっと、
子どもの「どうしたいか」を
聞き取ることができる気がします。

わかったつもりで、
わかってないことが
17年間の子育て期間にいっぱいあったし、
これからもきっと
たくさん出会うことでしょう。

すべての気づきや学びに、
感謝!

わたしを「人」として
成長させてくれる子どもたちに、

わたしを支えてくれる
大切な人たちに

ありがとうございます^ ^

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