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凍結卵はひとつの命なのか

E - 凍結卵はひとつの命なのか

YouTubeのコメントで
こんな質問がありました。

↓↓

凍結卵はいのちなのでしょうか。
植物として考えるのか
動物なのか・・・

1日も早く凍結卵を迎え入れたいと思っているけど
1歳になったばかりの娘を抱えて
必死なのに、今、妊娠は難しいです。
そして今後も、難しい難しいと言ってそうな気が
しています。

私は凍結卵は息子や娘になっていく命だと
考えています。

高齢出産に差し掛かろうとしている今
いつまで凍結卵を更新していけばいいのか
悶々としています。

↑↑

たった1つの受精卵から始まって
何度も何度も細胞分裂しながら
だんだん人らしく育っていき、

受精から約8ヶ月で胎内を出て外の世界へ!
自力で呼吸をし、
人生がスタートします。

では人は、
いつから人なんでしょうね。

命の始まりはどの時点で、
どの時点ではまだ命と考えなくていいのでしょうか。

卵子や精子?
受精卵?
胎児でしょうか。

胎児でももっと細かくいえば
子宮外に出ても生きていける妊娠22週以降?
それとももっと前なのか?

わたしは44歳のときに不妊治療を経験しました。
薬で卵巣を刺激して多くの卵子を採り出し、
顕微鏡下で1匹の精子と人工的に受精させ
数日間、培養液の中で育てて
細胞分裂し始めた胚を子宮へ移植。

例えば5個の卵子が採卵できて、
そのすべてに精子を注入し受精卵を作ったとしても
5個ともキレイに細胞分裂して
育っていくわけではありません。

形や発育がちょっとよろしくなく、
妊娠の可能性が低いかもと思われる胚は破棄され、

いいものだけ残して
1周期につき1つだけ、子宮内移植、
残りは凍結保存。

着床しなければ凍結胚を順次融解して
子宮に移植していきます。

わたしは結局、
6回の移植で一度も着床することなく
凍結胚はゼロにして治療終了になりましたが

幸い妊娠できた場合にも
凍結胚がいくつも残っていたら

出産後、
それらをどうするのか
当然、迷いますよね。

不妊治療では、
どの受精卵を凍結保存するのか。
その段階でまず「選別」が行われます。

さらに、
子宮に戻せば命となり、
誕生することができたかもしれないのに

もしかしたらママのおなかに戻る日を
冬眠しながら静かに待っていたかも
しれないのに

諸事情で破棄になる胚のことを想うと
何が正解なのか・・・
わからなくなってしまいます。

状態が悪くても受精卵は受精卵です。
命になっていく可能性があることに
変わりはないわけで。

じゃあ
状態のいい凍結卵は命と考え、
破棄される受精卵は命ではないのでしょうか。
いや・・・そんなことはないはず、と
思ってしまうわたしがいます。

でも、どの受精卵も
将来的に赤ちゃんになる可能性がある
尊い命と考えるならば
もうその時点で選別してはならないのでは?
という議論にもなってきますよね。

不妊治療が保険診療の対象にならず
すべて自費診療なのは、
精子や卵子、受精卵、
いずれ胎児になっていく前段階にある胚が
保険上では人として認められていないからでは
ないでしょうか。

この問題を突き詰めていくと
妊婦健診が保険外なのだって
命は大切と言うわりに
生まれる前の命が、あまり大切に扱われていない、
ようにも思えてきて腑に落ちません。

その反面で、
胎児治療の技術が発達し
生まれる前から医療介入できるようになった現状もあり、
何を目指しているのかも
よくわからなくなってきます。

人工妊娠中絶の問題や
尊厳死の問題にも通じていきますよね。

こうなってくるともう、
正解はない!!
不正解もない!!

命と一言に言っても
それは単純なものではないのでしょうね。

仏教では生と死は連続したものであり
受精卵は命であるととらえ
精子と卵子の出会いによって誕生し、
やがて人に成長し、この世との縁が尽き終わっていく
そのような可能性をもったひとつの「命」
と考えるそうです。

生命倫理の問題は、生命科学の進歩とともに
医療、哲学、倫理、法律など
社会のさまざまな側面から幅広く
議論していく必要がありそうで
考えれば考えるほど頭がこんがらがってきます。

なので、
難しいことは置いといて!

移植できる胚、
廃棄される胚

すべての胚へのママとしての素直な想い、
ひとつ残らず大切に扱いたいという気持ちは
当然だと思います。

わたしには流産した子が4人いて、
8週分の命、11週分の命、
それぞれの月日を
精一杯生きてくれたと思っています。

この腕に抱くことはできなかったけど、
わたしをママとして来てくれた命・・・
もしくは命になっていく可能性があった存在なのだから
きっとずっとずっとなんらかの形で
わたしの人生と関わり続けるんじゃないかなぁと。

議論したところで
考えたところで

命はどこから始まるのか
答えは出ないのでしょうが、

そこに無限の可能性を持って
存在していたことは違いなく。

そうやってわたしたちの中で
大切に想い続けてもらえる〝存在〟は
たとえ、ママのおなかに
お迎えしてあげられなかったとしても
全部幸せだと思います!

「ごめんね」ではなく
「ありがとう」

わたしはそんなスタンスでいたいと
思っています。

何をもって命と考えるのか。

価値観はひとそれぞれ。
人類の永遠のテーマなのでしょうね。

 

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